ランツを追いかけて外に飛び出せば、まだ夜が明けていなかった。それほど長い間、サイモンさんたちのところにいた訳じゃないことに改めて気付かされた。そう考えると、ますます失礼なことをしちゃったわけだ。これじゃ、助けてもらって、はい、さようなら、って感じじゃないか。
「ランツ、一体どうしたのさ?」
 あまりにもらしくない。確かにランツは素直じゃないけど、助けてもらった恩をあだで返すような人じゃないはずだよ。
「お前には関係ねぇよ」
「関係ないってことはないんじゃないの?」
 あんまりな言い草に思わずムッとして返してしまった。
「うるせえな。『星の王冠』に行くんだろ? さっさと行くぞ」
 こっちを一切振り返らないランツは、全身で僕が関わることを拒絶している。
 なんで、言ってくれないんだよ。それとも僕じゃ頼りない?
 いつの間にか離れていた距離は決定的で、もうランツが何を考えてるか全然わからない。口に出して言えばいいんだろうけど、それをしても無駄な気がして言葉を飲み込んだ。いつからこんなことになっちゃったんだろう。昔はもっとわかりあえたはずなのに。
 やがて見かねたのかフォイボスがため息をついた。あ、二人も追いかけてきてくれてたんだ。
「ここでじっと立ってることもないだろ。進めるうちに進んだ方がいい。幸い、ここに全員そろってる。荷物も持ってきた。敵にも見つかってなさそうだ。後味悪いのはわかるが、ここで立ってても仕方ないだろ」
「行くです!」
「……そうだね。行こうか」
 ようやく絞り出した言葉とはそんなもので、なんだか泣きたくなった。


 そこからは不思議なほど静かな旅になった。
 誰も襲ってこなかったし、みんな口が重かった。黙々と足を進める。そして、がさりと森を抜けて広がる光景に目を奪われた。
「うわあ」
「すげぇな」
「綺麗です!」
「話には聞いてたけど、想像以上だな」
 大きな湖が陽の光を弾いて、キラキラと輝いている。その湖の中心にそびえるのは、大きな大きな巨大樹『星の王冠』だ。かつて、聖女が全ての役目を終えたときに休んだ場所がこの場所だと言われている。その根元に張り付くように白い建物が広がっている。そこが、ハルモニア教の本拠地としての『星の王冠』か。でも、小さくてまだあんなに遠い。
 白と青と緑と、目にも鮮やかな世界が、今までなんだかぎこちない空気が流れていた僕たちを癒してくれた。
「これ、まだ距離あるんだよね」
「そのはずだけどな。ここから見てもあの樹が大きいのがわかるって、相当な大きさだよな」
「我、初めて見たです」
「オレもだ。すっげぇな。これ自然に生えたのか?」
「一応、自然に生えたことになる、のかな。伝承だと、ここは聖女が魔法陣を敷いた地なんだって。この地から大きな魔法陣を展開させて、当時、世界にあふれていた瘴気を浄化させたらしいよ。大規模な浄化は聖女にとっても負担だったみたいで、天高く舞い上がっていた聖女が力尽きて大地に落ちそうになった。それを助けたくて巨木が生まれて、聖女をその枝で包むことで守ったって言われてるね」
 三国がぶつかり合うちょうど中心に位置していて、ハルモニア教会の聖地。空を映した湖と青々とした葉でさんさんと輝く太陽の光を受ける巨木は、聖地と呼ぶにふさわしいだけの荘厳な空気を創りだしている。
「んなこと言われたってよくわかんねぇよ。とりあえず、なんか奇跡的なことが起こったんだろ?」
「ランツ小兄、大雑把です」
「お前には情緒ってもんがないのか」
「うるせぇ。情緒で飯が食えんのか?」
「そういうことじゃないでしょ」
 ぶすっとむくれたランツは、いつものランツで少し安心した。でも、問題が解決したわけじゃない。ランツが抱えてる物がなにかもわからないし、それにリフィ達も心配だ。
 そう思ったとたん、不安がこの身を喰い破りそうなぐらい襲ってきた。囲まれたときの恐怖が今更何なってぞくりと背中をはいずる。もしリフィがそんな風に囲まれたら? リフィは強い。確かに僕よりずっと場数を踏んでいるし、いざというときためらわないだろう。
 だけど、守りたい。出来るならこの手で。
 たまに見せてくれるようになったあの笑顔をまた見たくなって、僕の心は幸せと不安を行ったり来たりする。こんなに感情を振り回されるなんて初めてだ。
「よし、そろそろ行くぞ」
「あと少しです!」
「着いたら、ちゃんとした飯食いてぇな。誰かさんのまずい飯じゃなくて」
「仕方ないだろ。飯はいつもリフィが作ってくれてたんだから。不満があるならお前が作れ」
「やなこった」
 いつも通りの会話にふふっと笑いが込み上げてきた。笑えばクウと目があって、元気になってよかったとでも言うように目元を細めた。僕も同感だったから、少しだけうなずいた。
 さあ、あと少しだけ頑張ろう。
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